Fun 仕事への道① 社会人になれると思ってなかったあの頃

こんにちは。10回目のブログです。静か~に祝っています。

超人気ブロガーさんのブログを読み始めたら、止まらなくなりました。惹きつけられる!だから人気なのね、と分かります。人気ブロガーさんにも、色々なスタイルがあるようにお見受けします。面白い、知的、ショッキング、怖い、ほっこり、とか。

そしたらちょっと自分のブログが書けなくなりました。わたし誰に何を伝えたくて書いてるんだろう?そもそもわたし、伝えることあったっけ?あと、何のために書いてたんだった?人気出るためだっけ?

いずれはブログが予想外の流れを連れてきてくれればいいな~という思惑は正直、ある。でも、そもそも今はだ~れも読んでないし。わたしは、今自分の頭を整理するためと、何でしょうね、昔のわたしに教えてあげたいことを書いている気がします。楽しく生きること、できるよ。自分が思う自分の限界は、意外と限界じゃないよ。

なのでもう一度、このブログを始めた原点に戻ってみます。「働くこと」。振り返ってみると、働くことへのわたしの態度は、たいがいなネガティブから始まって、ちっくりちっくり変わってきました。ずいぶん遠くまで来たもんだ。ちょっと振り返ってみます。

わたし某大学で、マイナーな外国語を勉強してました。周りにサトられないようにしてましたがすごく小心者、「人と同じことはできない」「したことないことはできない」と思い込んでましたし、それがコンプレックスでした。したことないこと、例えばアルバイト。家は中流の下、奨学金をもらう身としてはバイト位しないといけないのですが、怖くて怖くて。人見知り、世間知らず、気がきかない。何日も悩みぬいて受けたバイト面接は落とされたり、何かの間違いで体育会系なギョーザの〇将に受かっても、ヤンチャそうな副店長に怒られまくって2か月で消えたり、1対1の家庭教師も高校生とコミュニケーション取れずフェイドアウトしたりしてました。

確か大学3年になってしばらくした頃(昔すぎて記憶あいまい)、同級生が一斉にモードを変えました。「就活」モードです。怖かった~…。下宿先のアパートに厚さ4センチくらいの電話帳みたいなモノが送られてきました。見開きごとに色々な会社が紹介され、資料請求のハガキがついてました。その電話帳から良さげな会社を見つくろって、ハガキを送るのが「就職活動」の第一歩ということでした。学校の就職課の人からは「四季報」とか見て、「企業研究」せよと言われました。…一歩目でつまづきました。どうやっても、みんなと同じに就活して社会人になれる気がしませんでした。「電話帳」を見るのも辛くて、目に入らない押し入れかどこかに入れて「なかったこと」にしようとしました。

時は就職氷河期、周りのハキハキ明るい同級生や優秀な先輩ですら、何十社とハガキを出しても資料が帰ってくるのは片手に満たない数でした。(外国語学部=女子率9割)しかもそれはまだ第一歩、その後書類選考、筆記試験、一次面接、二次面接とどんどんふるいにかけられる…。その階段、登れる気が全くしませんでした。見上げるだけで足が萎えました。

苦労しながらも階段を登る友達をわき目に、わたしも考えました。わたしもどうにかしなければ。そして、そのまま大学院に進学することにしました(!)。そう、逃げたのです。どう考えても皆のように就活も就職もできない、でもニートやフリーターも親や友達に恰好がつかない。社会人になることは「したことないこと」だからできない、でも「勉強」はしたことあるしちょっとデキる(言語オタクです)、よしこれで行こう!当時「モラトリアム」という言葉が流行りました。まさにそれです。モラトリアム進学。

進学すると、2年間猶予ができました。さすがに一生逃げ続けるわけにいかないので、少し危機感をもって「したことないこと」をしてみました。アルバイトをちゃんと続けるとか。一人旅に行ってみるとか(笑)。

さすがにここで就職するだろうと皆さん思われるでしょう。しかし。まだです。まだ最後の勇気が出ません。専攻していたタイ語を勉強します!と、タイに1年留学します。モラトリアム留学です。留学期間中は、ずっと「就職、どうしよう~」と悶々としてました。そんな悩むなら行かなきゃいいのに、と今は思います。就職の練習のために、ろくに学校も通わず、アルバイトに精を出してました。アルバイトはできるようになったようです。

(ちなみに全く裕福な出ではありませんので、モラトリアム進学もモラトリアム留学も全額奨学金でまかないました。学校の奨学金は返さないといけない方だったので、つい最近まで返済してました。)

そして、帰国します。ついに怖れていた就職活動です。まだ氷河期は続いていました。そして想定外だったのですが、そこら辺の四大卒女子、だけでも十分に条件キビシめだったのに、逃げを重ねたせいで、そこら辺の大学院卒、マイナー国留学、既卒というキビシい条件ハードルを自ら上げてしまってました。皆と同じに就活した方がまだ楽だったかもね…。

学生時代だけでこんな長くなっちゃったので、次回につづきます。